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最小限のオフィス
​わたしたちの役割

​1.  前提としての認識

 わたしたちは、「社会モデル」の観点にもとづく支援をご提供しております。

​ 「社会モデル」とは、障害は社会的に形成されるものというモデルを指します。

このモデルは障害学の学派によって詳細が異なりますが、もともとは障害の原因を身体的・知的および精神(認知)機能の状態に求め、障害者個人に内在するものだからその負担も個人に課せられると考えてきた「医療モデル(個人モデル)」に対する当事者たちからの批判からはじまりました。

​2. 立場・活動

神経発達症を診断された方々は、以下の2点によって、社会的に障害化されていると考えます。

 

①多様性を前提としない社会的通念。

②個人に原因を求めていること。

①多様性を前提としていない社会通念

 社会通念とは、社会的に共有されている信念を意味しますが、ときに生きづらさを形作る要因にもなります。

たとえば「みんなと違うのは恥ずかしいこと」「みんなつらくても、努力しているのだから個人的な事情があっても我慢して頑張らなくてはいけない」などといった多様性を否定するような社会通念があります。

こうした信念が、当事者・非当事者間に共有されているため、自他共に独自の理解の仕方や感覚の違いが許容されづらくなります。結果的にマイノリティであればあるほど、自身を抑圧しやすくなり、自己否定的に状況に合わせる努力を意味する「過剰適応」を促進させてしまいます。

また、神経発達症をはじめとする異なる感覚を持つマイノリティに対して、他者理解を通じて経験的に知っていくことよりも、「正しい知識」に対する客観的理解にとどまっているため、多様性を前提とした対人関係構築のために必要となる、柔軟な相互理解を育む姿勢が、形成されづらい傾向もあるといえます。


 

②個人に原因を求めていること

 社会で柔軟に自身を活かすためにも、自分自身が生きやすいパーソナリティに発達することが重要になります。

 そもそもパーソナリティは、他者との関係性によって形成されていくことが、社会科学・人間科学・哲学などから多角的に指摘されています。

 生きやすいパーソナリティの形成は、受容的他者との関係のなかで自己の感情を無条件に認められ、自らも受容することで「自分らしくいられる」感覚である本来感を高めていくプロセスが基盤となります。

しかしながら、実社会ではそうした関係性は一般的とは言えず、生きづらさを抱える方が増加しやすくなっています。

 また、社会的抑圧に対する防衛的対処や、生きづらさにひもづく情動反応からの神経生理学的現象は、メンタルヘルスという言説によって、個々の健康の問題に位置づけられています。

健康上の問題とすることで欠点を補う改善点を示したり、克服に必要な一人でできる類いのアドバイスがなされることが目標とされがちです。

 

そうして個人の努力に依存し、解消が図られない場合はその個人に負担が集中することになってしまいます。

こうした現状では、良好な関係性構築からより遠ざけてしまい、生きやすいパーソナリティの発達の機会が得づらくなってしまいます。


 

 上記の2つのことから、感覚(知覚)に偏りがあるとされる当事者は、良好な関係性による生きやすいパーソナリティ発達の形成が、いっそう困難になっているといえます。

 受容的に理解される社会的関係性は、多くの人にとって必要であり、とりわけ刺激の過敏さもあって対人関係の困難さを抱えやすいADHDを含む神経発達症当事者には、こまやかな関係調整を伴う関わりが求められます。

 誰もが公平に生きやすいパーソナリティ発達の機会提供がなされるよう、わたしたちは主に当事者の方々への支援というかたちで提供を行ってまいります。

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